心の整理に20年・・・・一度だけでいい母と過ごせたら

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神戸市などが主催する2016年 阪神大震災 追悼式典で遺族代表の山本広美さんが述べた言葉の要旨は次の通り。

遺族代表山本 広美さん

やっぱり、追悼式典の言葉は記事にさせていただきます。ご了承方よろしくお願い申し上げます。
この言葉を受けられるまでに、色々悩まれた経過が書かれていました。自分の子供に肩を押されて決意されたとの事。多くの阪神大震災で、東日本大震災で被災された皆さんの気持ちもこの言葉から多くの勇気をもらえることと信じます。事実、この言葉を読みつつ、涙腺が溢れるものでしたから。。。

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ついに二十一年がたってしまいました「当時二十一歳だった私は、母と過ごせた年月よりも、 一緒に過ごすことができない年月の方がこれから長くなってしまいます。二十一年たっているにもかかわらず、悲しみや寂しさは震災当時となんら変わることはありません。

人生が劇的に百八十度変化したと言っても過言ではない、あの「阪神大震災」。生まれ育った大好きな家も全壊し、下敷きとなって母は亡くなりました。 一人っ子の私にとって、時に「姉」のようであり、また「友」のような存在でした。
大好きな母と別れ別れにならざるを得なくなり、最後の別れの言葉を交わすことすらかなわず。私は向かう先も見失い、生きていく意味すら分からなくなってしまいました。そして心に大きな穴があきました。子育ての時期と重なり、悩んだ時に相談できる母がいないのは心に重くのしかかり、心の穴を大きくし続けました。

子どもの成長の喜びや楽しみはありましたが、母を亡くした思いは一向に和らぐことはありません。それでも、子どもがいてくれたからこそ、二十一年間踏ん張ってこられました。心の穴はふさがることはありませんが、楽しく幸せな時間があるのも事実です。

私はあまりにもつらすぎて、震災体験を直視できずにいました。しかし昨年、 ″心の成人式″を迎え、多くの方々に震災のことを忘れずに、大好きな母がこの世で生きていたことを伝えたいと思います。

東日本大震災で苦しみのさなかにいらっしやる皆さまに、私は心の整理に二十年を要したことを知つてもらいたいです。まだ母のことを思って涙しますが、隠すことなくそれが私なんだと言えるようにやっとなりました。

ママ、私を産んでくれてありがとう。最後に一度だけでいいので天国にいる母を呼び戻して一緒に過ごせたらどれだけ幸せかと思います。私はこの世でやらなければならないことが山積みなので、いますぐに会うのはやめておきます。それまでどうか天国から私たち家族を見守ってください。

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