よこはま健康友の会みどり野支部

アクセスカウンタ

zoom RSS “前文は俺の言葉なんだ“ 70年の積み重ねに未来がある。 上智大学 教授 中野晃一さん

<<   作成日時 : 2017/05/05 10:47   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像


憲法施行70年 インタビュー B

憲法施行70年について識者に聞くインタビユー。3人目は中野晃一・上智大学国際教養学部教授です。
(中祖寅一、中川亮 )

---------------------------------------------------

もともと戦後の歴史では9条をめぐる護憲対改憲の対決軸が革新対保守の根本で、いま市民連合が掲げるような 「立憲対非立憲」は戦前のものというところがありました。

9条と平和主義 正面から言えず

2012年末に安倍政権が復活し、改憲手続きを緩和する96 条改憲や、野党時代につくったおぞましい「自民党改憲草案」のような、立憲主義にのっとらず憲法全体をつぶしてしまう動きが出てきました。その中で私も、「立憲主義を守る」というところまで下がって運動を構築しなくては、という認識を強めました。

それは、改憲手続きを緩めるような改憲のやり方や、その後の解釈改憲・安保法制に見られた動きに対し、小林節さん(憲法学者)のような改憲派の方も含め「立憲主義」で大同団結をはかる。そうやって運動を組み立てることを、学者仲間とも相 談した結果でした。

他方、正直言って内心、じくじたるものもあった。改憲勢力に差し込まれ、そこまで下がらなければならないのか、という思いが強かった。 いわば立憲主義=「憲法に基づく政治」という形式論で、正面から ″9条と平和主義を守れ″と言えないことに、悔しい思いや危惧もあったのです。なぜなら「立憲主義」という共通項の中では、〃政府による恣熟的な解釈改憲がいけないのだ、将来は9条を変える〃という人とも一緒に運動することにもなるわけです。

ところがその後、市民的な共闘体制が広がる中で、9条や平和主義への共感も運動の柱になっていきました。

立憲主義背負う個人が姿現した

共闘体制の構築という点で最も重要だったのは、2014年に集団的自衛権行使容認の「閣議決定」が強行されたあと、同12月に総がかり行動実行委員会ができたことです。共産党に近い労働運動の人たち、連合・平和フォーラム、そして首都圏を中心とする超党派市民運動の人たちが、過去のいきさつを超えて大同団結を果たし、共闘の「場」をつくった。そこには、動員されるのではなく一人ひとりが立憲主義を背負い、「自分たちこそが民主主義だ」と口にする個人が姿を現しました。

その団結をつくったのは、危機感の深まりの中で、運動のリーダーとその参加者たちが示した決意と勇気でした。過去の経緯を乗り越え手を結んでも、人が集まるのかというリスクもあった。それでも意見を異にする人たちの間で、互いをリスペクトすることで運動を広げるという勇気が、さらに広い参加者に勇気を広げたのです。

そのとき私が驚いたのは、1991年の湾岸戦争以来、自衛隊を海外に出さないのは自己中心的だという「一国平和主義」論が大手を振るう時代に、それにあらがって9条と平和主義を訴えてきた人たち、第1次安倍政権の改憲の企てを押しとどめた「九条の会」のような人たちの運動が、地下水脈のように若い世代に流れて行ったと分かったことです。

一人ひとりの個人が自分の名 前で立ち、そこに来れない人たちの「個人の尊厳」をも守るために立ち上がったとき、彼らは立憲主義を体現するだけでなく、「9条守れ」と叫んで平和主義をも体現したのです。その中で、非戦を訴えることが恥ずかしいことであるかのような空 気が変わった。それが2015年安保闘争の大きな成果だと思います。

その後も、安倍政権による「戦争する国」づくりの攻撃は続いています。それに対し、9条の価値を守り育てようという市民と立憲野党の連帯は、単に立憲主義だけでなく、平和主義を堂々と言える時代 への大きな転換をもたらしていると思います。

〃出自興味ない〃 若い世代の宣言

憲法の人権規定は、過去・現在・将来の国民に保障されるものです。人類の歩みの中での英知が、凝縮、リレーされ、さまざまな具体的な憲法になるのが立憲主義です。たまたま、戦後改革の過程でGHQ(連合国軍総司令部)が憲法制定に関わったのは、人類史の歩みという視点で見れば二次的な問題です。

その憲法を、今の権力者が「押し付けられた」といって嫌がるのは、権力を制限する憲法が憲法としての役割を果たしていることを示すものです。

2015年の安保闘争の中で、シールズの若者が、憲法の前文を読み上げ、「これは俺の言葉なんだ」と叫んだ―。そのとき僕は、「それだ」と思いま した。

新しい憲法のもとで70年間の日本国民の営みがありました。それは憲法を暮らしに生かすための試行錯誤の連続でした。25条も9条も、完全にフルに守れているかといったら、それに向 かう努力がある一方で、その努力が押し戻されることの繰り返しでした。それが立憲主義の現実の姿です。

押し付けられて嫌がっている人と、押し付けようとする人民の意志がせめぎ合っているのが、常に憲法の現実です。

その中で、まったく新しい世代が「この憲法の前文は、これは俺の言葉なんだ」という。日本国憲法を血肉として、その出自うんぬんかんぬんという議論ははっきりいって興味がないという「宣言」が若い世代から出てきた。これは日本国憲法70年の、非常に重要な現実であり、 そこにやっぱり未来があると思うのです。

------------------------------------
「なるほど」と大いに納得できる内容でした。転載させていただきます。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
“前文は俺の言葉なんだ“ 70年の積み重ねに未来がある。 上智大学 教授 中野晃一さん よこはま健康友の会みどり野支部/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる